「おすすめ」は不義理なのか
2026/03/06
店主とメイドが“推す”ときに考えていること
先日、Xでこのような内容のご意見をいただきました。
「店として水性塗料を勧めるのは、ラッカー塗料メーカーへの不義理ではないか」(意訳)
正直言うと、まつり堂模型店店長おびおは、小売店が特定の商品を推して販促活動をすることに何の疑問も抱いていなかったので「なるほど、これはなかなか考えさせられる問いだ」と思いました。
店の側からすると、「おすすめ」に関する情報発信をするのは日常業務の一部です。新商品が入れば、商品を開封し、触って、比べて、これは玄人向け、これは入口にしやすい、と言語化して情報発信します。販促とは、ある意味で“選ぶ仕事”でもあります。商品について自ら検討・考察をすることなく、全部を同じ熱量で入荷した順にすべての商品について「どれも最高です」と言っていたら、それは親切というより、職務放棄に近いと思います。
ただ一方で、模型業界は競作の多い世界でもあります。
戦艦大和のキットひとつ取っても、メーカーごとに設計思想が違う。Nゲージ鉄道模型に至っては、同じ車両が複数社から出るのは当たり前。塗料だって、水性もラッカーもエナメルも、それぞれに持ち味がある。そういう世界で、根拠なく一社だけを持ち上げるのは、確かに雑ですし、メーカーから見ても気分のいいものではないでしょう。
では、店の「おすすめ」は、どこで線を引くべきなのか、と、これを機会に考えてみました。
今日はその話です。
まず、まつり堂模型店は、メーカーのカタログでもなければ、ショールームでもありません。
ここはとても大事です。メーカーは自社商品を最善の形で伝える立場にあります。対して小売店は、「そのお客様に、その場で、どれが合うか」を判断する立場です。極端に言えば、メーカーが“商品の品質に責任を持つ人”なら、店は“選択に責任を持つ人”です。
この二つは、似ているようでかなり違います。お客様の多くは「メーカーと小売店は一蓮托生」と思っておられるかもしれませんが、全然違うのです。
たとえば今回話題になった塗料。
ラッカー塗料は乾燥が早く、塗膜が強く、作業効率が良い。重ね塗りやマスキングにも強く、エアブラシ主体なら今でも非常に頼もしい存在です。長年の定番には、やはり定番になる理由があります。
でも、水性塗料には水性塗料の強みがあります。
においが少ない、作業場所の制約が少ない、天候の影響を受けにくい、家族との同居環境、換気のしやすさ、初心者の心理的ハードル。模型店に立っていると、「性能が正義」だけでは語れない事情をたくさん見ます。夜しか作業できない人。小さなお子さんがいる人。初めて塗装に挑戦する人。そういう方に対して、「まずは水性の筆塗りから入ってみましょう」と勧めるのは、ラッカーメーカーへの不義理でしょうか。私はそうは思いません。
むしろそれは、「この人が模型を嫌いにならずに済む入口はどこか」を考えた結果です。
現場でいちばん避けたいのは、最初の一回で挫折されることです。
塗料の性能差より先に、作業環境との相性でつまずく人は意外に多いです。まつり堂模型店は、商品単体の優劣よりも、“成功率”を見ています。もちろん、今後もうちの顧客になって欲しいというがめつい思いが無いとは言いません。ですが、これは売り方の都合というより、シンプルに、店長とメイドがおススメした商品を使って趣味を続けてもらえることが「嬉しい」からです。
ここで誤解してほしくないのは、水性を勧めることは、ラッカーを否定することではないという点です。
店のおすすめは、「これが宇宙一すばらしい商品です」という宣言ではありません。
「あなたの条件なら、今日はこれがいちばん失敗しにくいです」という提案です。
「おすすめ」と聞くと、つい“絶対評価”だと思われがちですが、おすすめの多くは、実際には“条件付きの相対評価”です。商品の性能としてはもっと優れたもの、店としてはもっと利益の多いもの、そんな商品があってもあえて、低性能で安価なものを勧めることは日常茶飯事です。
これはキットでも同じです。
戦艦大和のキットを例にすると、フジミ模型の1/700はディテールの細かさが魅力で、ハセガワの1/450は組みやすさに優れ、タミヤのウォーターラインシリーズは価格や入手性で強い。では店が「初心者にはまずこちら」と言ったとき、それは他社への不義理か。そうではなく、「最初の一隻として完成まで行きやすいのはこちらです」という、用途別の翻訳です。
Nゲージはもっと分かりやすいですね。
鉄道模型は車両単体では終わりません。レール規格、カプラー、走行性能、室内灯、パーツ供給、再生産の傾向、ケース収納、将来の買い足しやすさまで含めて“体験”になります。だから店としては、単純に一両の出来だけで勧めるわけにはいきません。お客様の遊び方、予算、今後の拡張まで見て、「こちらから入ると後が楽です」と案内する。KATOの方が小売店に親切だからと言って、やたらと KATOを進めた結果、半年後に「あ、列車接近警報機は TOMIXしか発売していないんです・・・」となってしまう。売ったその日はよくても、半年後に困るんです。
業界の裏話っぽいことを言えば、メーカーさんだって、そのあたりは本当はよく分かっています。
もちろん、自社商品を推してほしい気持ちはあるでしょう。けれど、もっと嫌なのは「合わないお客様に無理に自社製品を売られて、結果としてその商品が嫌われること、メーカーの評判が落ちること」です。性能の高い道具ほど、向く人と向かない人がいる。そこを無視して“とにかくこれが一番”と押し込まれるほうが、後味が悪いのです。
まつり堂模型店がやってはいけないのは、おすすめすることそのものではなく、根拠のないえこひいきです。自身では使いもせず、比べもせず、ただ付き合いの濃淡や個人の好みだけで一方を持ち上げる。売ることしか頭になく、欠点を隠して、長所だけで売りつける。あるいは、他社商品を雑に下げて自らの推しを目立たせる。これはたしかに不義理でしょう。メーカーに対しても、お客様に対しても、不誠実です。
でも逆に言えば、理由のあるおすすめは、立派な仕事だと思います。
「乾燥の速さならMr.カラー」
「筆塗りの気楽さならシタデル」
「匂いを抑えたいなら水性ホビーカラー」
「高性能なラッカーに挑戦したいならガイア」
「ガンプラに向いているのはGSIで、鉄道に向いているのはグリーンマックス」
「長年使っているブランドを変えたくないならタミヤ」
そうやって選択の基準を言語化することは、店にしかできない価値でもありますし、まつり堂模型店では、書籍執筆歴豊富で言語化に強い店主や、メイド歴10年以上でコミュニケーションに強いメイドの腕の見せ所でもあります。
小売店は、全部を平等に並べるだけでは役目を果たせません。
棚の広さも、接客時間も、お客様の予算も有限です。だからこそ店は、出版で言えば“編集者”になります。入口を作り、迷いを減らし、失敗を減らす。そのうえで、二歩目三歩目で別の商品にも橋を架ける。最初は水性を勧めたお客様に、慣れてきたらラッカーの強みも紹介する。バンダイの30MLから入ったお客様に、次は橘猫工業の表現の良さを案内する。その循環ができていれば、「おすすめ」は囲い込みではなく、世界を広げる行為になります。
まつり堂模型店として大事にしているのは、たったひとつです。
“何を推すか”より、“なぜ推すか”を言語化し、あるいは実演し、フレンドリーなコミュニケーションの中でお客様に説明できること。お客様に判断材料をわかりやすく正しくご提供すること。
まつり堂模型店が水性塗料を勧めるのは、ラッカー塗料メーカーへの不義理ではありません。
そのお客様の暮らし方や模型歴を見て、「今日はこれが最適です」と言っているなら、それはむしろ小売店としての誠実さです。
不義理があるとすれば、店主とメイドが商品の違いを理解せず、誰にでも同じものをテキトーに思い付きで薦めること。あるいは、もうけが多いあるいは、在庫がかさんでいるからと売りたい都合だけで言葉を作ること。そのほうです。
おすすめとは、勝ち負けを決める札ではなく、適材適所の案内板。
まつり堂模型店店主とメイドの仕事は、メーカーの代理で優劣を断ずることではなく、お客様が一番楽しく模型の道を歩むその道標を示すことだと、店長おびおは思っています。