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<title>ブログ</title>
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<language>ja</language>
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<title>独りウォーハンマーに向かい合う至福の時</title>
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ウォーハンマーと聞くと、多くの人が対戦ゲームとしての側面を思い浮かべるかもしれません。ルールを覚え、軍勢を編成し、プレイスペースで対戦する――確かにそれも魅力のひとつです。
<brdata-end="156"data-start="153"/>ですが、その「ゲームプレイを前提とした楽しみ方」に、少し疲れてしまったことはありませんか？
ゲームを成立させるためには、ある程度まとまった数のミニチュアを揃える必要があります。しかも同じ陣営で、同じユニットを複数体。いわば“戦うための量産”。それは時に、作る楽しさよりも義務感が勝ってしまう瞬間を生みます。
しかし、本来のウォーハンマーはもっと自由なものです。
気に入ったミニチュアを、陣営に縛られず一体だけ選んで組み立てる。塗装もルールに従う必要はありません。自分の好きな色、自分のイメージで仕上げればいい。
<brdata-end="417"data-start="414"/>そうして完成した一体一体には、量産品にはない“自分だけの物語”が宿ります。
さらに一歩進めて、ジオラマを作ってみるのもいいでしょう。戦場の一瞬、静かな情景、あるいは完全なオリジナル世界。ミニチュアはただの駒ではなく、「世界を構成する存在」へと変わります。
この楽しみ方には、いくつもの自由があります。
他の人と予定を合わせる必要がありません。<brdata-end="594"data-start="591"/>プレイスペースへ足を運ぶ必要もありません。<brdata-end="618"data-start="615"/>勝ち負けに一喜一憂する必要もありません。
ただ、自分の机の上で、自分のペースで向き合うだけ。
イギリスではボードゲーム文化の中でウォーハンマーが育ちました。しかし、日本で同じ楽しみ方をする必要はありません。むしろ、日本的な「一人で没頭する趣味」としての相性は抜群です。
静かな時間の中で、筆を動かし、色を重ね、小さな世界を作り上げていく――。
<brdata-end="795"data-start="792"/>それは誰にも邪魔されない、極めて贅沢な時間です。ウォーハンマーは、自由なんです。少し立ち止まってみませんか。
<brdata-end="856"data-start="853"/>対戦のためではなく、誰かと比べるためでもなく、ただ自分のために。独りウォーハンマーに向かい合う、その至福の時に。

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<link>https://matsurido.shop/blog/detail/20260416082104/</link>
<pubDate>Thu, 16 Apr 2026 08:23:00 +0900</pubDate>
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<title>「愛宕の三番砲塔は危なくないのか？」という疑問</title>
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高雄型重巡洋艦愛宕のウォーターラインシリーズのパッケージを眺めていると、ふと引っかかる瞬間があります。子供の頃から「？？？」と思っていたのですが、三番砲塔が艦橋の方を向いているのです。「これ、間違えて撃ったら自分の艦橋を吹き飛ばしてしまうのではないか」。そんな素朴な疑問を抱いた方は、店長おびおだけではないはずです。結論から言えば、その心配はないようです。愛宕の三番砲塔は、確かに艦橋の近くに位置し、艦橋の方を向いているのですが、その向きのまま発射されることは設計上防がれているとのことなのです。つまり、誤って自艦を攻撃してしまうような事態は、最初から起こらないように作られているらしいのです。
愛宕を含む高雄型重巡洋艦の主砲配置は、やや独特です。一番・二番砲塔が前方を担当し、三番砲塔は艦橋の直後に置かれながら後方射界を受け持つ、いわば「後ろを守る砲塔」になっています。そのため、通常の待機状態では後方を向いているのが自然な姿となります。当たり前ではありますが、「向くこと」と「撃てること」はまったく別の話です。軍艦の主砲は、単純にレバーを引けば発射されるようなものではありません。砲塔の向きや仰角、そして周囲の安全条件が満たされて初めて発射が許可される仕組みになっています。特に愛宕のような重巡洋艦では、射撃指揮装置と電気的な発火回路が組み合わされており、危険な角度に砲が向いている場合には、回路そのものが遮断されるような安全機構が存在していたと考えられています。このような仕組みは「射界制限」と呼ばれ、砲が自艦の構造物を損傷する可能性のある方向に入った場合、発射できないようにするものです。つまり砲は回転してその方向を向くことはできても、その状態では引き金が引けない。いわば機械と電気の両面から「撃てない」ようにしているわけです。この考え方は日本海軍特有のものではなく、当時の主要な海軍では広く採用されていた合理的な安全設計でした。さらに興味深いのは、実戦下においてこの種の安全対策がより強化されていた形跡があることです。実艦の写真からは、射界制限に関する応急的な装置が追加されている例も確認されており、現場レベルでも「自艦を傷つけない」という点がいかに重視されていたかがうかがえます。戦闘においては敵からの攻撃以上に、味方のミスによる損傷を避けることが重要であり、そのための工夫は目に見えない部分にこそ多く施されていたようなのです。愛宕の三番砲塔は、一見すると危険に見える配置をしています。しかしその裏には、射界の設定、電気的な発射制限、そして運用上の厳格な管理という、いくつもの安全装置が重ねられています。軍艦の設計において「自分を撃たない」というのは大前提であり、そのための工夫が徹底されているのです。模型を組むとき、三番砲塔を後ろ向きにするか、それとも少し振ってみるか。その選択ひとつにも、こうした背景を知っていると、見え方が少し変わってきます。ただのパーツの向きではなく、その奥にある設計者の意図や当時の技術を感じ取ることができる。そこにこそ、模型趣味の奥深さがあるのではないでしょうか。
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<link>https://matsurido.shop/blog/detail/20260322123039/</link>
<pubDate>Sun, 22 Mar 2026 12:41:00 +0900</pubDate>
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<title>KATO 春のNゲージデビュー応援キャンペーンが始まりました！</title>
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<![CDATA[
今年もKATOの「春のNゲージデビュー応援キャンペーン」が始まりました。
2026年5月10日（日曜日）まで
<brdata-end="73"data-start="70"/>店長おびお、こういうキャンペーンを見るとつい語りたくなってしまいます。なにしろおびおは小学校5年生からNゲージをやっている筋金入りのNゲージオタクです。
まず結論から言います。<brdata-end="169"data-start="166"/>Nゲージはいいぞ。いや本当に。鉄道模型は数ある模型ジャンルの中でも、走る光る<brdata-end="226"data-start="223"/>音が出る<brdata-end="234"data-start="231"/>レイアウトを作れるという、模型の楽しさが全部入っているジャンルなんです。
今回のキャンペーンは、そんなNゲージを始めるにはかなり良い内容です。
スターターセット・マスター線路セットで始める
対象のスターターセットやマスター線路セットを購入すると、<brdata-end="375"data-start="372"/>「鉄道模型カタログ2026」が1冊もらえます。このカタログ、実はただのカタログではありません。
買えば2750円もします！！

・・・いや、その「ただ」じゃなくて・・・
<brdata-end="431"data-start="428"/>店長おびおは子どもの頃、いろんな鉄道模型カタログを何時間も眺めて妄想するという遊びをしていました。「次はこの電車が欲しい」<brdata-end="495"data-start="492"/>「この客車を牽くならこの機関車だな」…という、模型好きにとって非常に危険な遊びです。そんな危険な遊びにぴったりの分厚いカタログでをプレゼントします。
カタログで始める
カタログ2026（税込2750円）を購入すると<brdata-end="572"data-start="569"/>ユニトラック直線線路（124mm）を2本プレゼント。
KATOのユニトラックは本当に良く出来ています。<brdata-end="631"data-start="628"/>線路をつなぐだけでちゃんと走る。これはすごいことです。店長おびおが子どもの頃は、レールの接触が悪くて<brdata-end="686"data-start="683"/>電車を押して発車させる<brdata-end="704"data-start="701"/>という悲しい現象がよくありました。
今はそんなことはありません。<brdata-end="740"data-start="737"/>つなげば走る。文明の勝利です。
Nゲージは「大人の沼」です
正直に言います。Nゲージは<brdata-end="797"data-start="794"/>沼です。ですが、とても楽しい沼です。電車が好きな人<brdata-end="837"data-start="834"/>ミニチュアが好きな人<brdata-end="850"data-start="847"/>機械が好きな人このどれかに当てはまるなら、ほぼ確実に楽しくなります。そしてもし、<brdata-end="899"data-start="896"/>「Nゲージやってみたいけどよく分からない」<brdata-end="923"data-start="920"/>という方がいれば。安心してください。<brdata-end="946"data-start="943"/>店長おびおは小5からやっているオタクです。たぶん普通の人の3倍くらい語れます。

・・・たった３倍かよ、って言わないで
ということで、この春。<brdata-end="1009"data-start="1006"/>Nゲージデビュー、いかがでしょうか。

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<link>https://matsurido.shop/blog/detail/20260312155025/</link>
<pubDate>Thu, 12 Mar 2026 16:00:00 +0900</pubDate>
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<title>あの日の夜行バス ― 店長おびおと『エアロキング』の思い出」</title>
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<![CDATA[
まつり堂模型店では1/150スケールのバスミニチュア、トミーテックの『バスコレ』を扱っています。お得な1000円バスから、豪華ケース入りの50,000円のバスセットまで、全国各地のカラフルなバスが手のひらサイズに統一スケールで作られており、コレクションするだけでも楽しい商品ですが、「バスコレ走行システム」を使えば、一部のバスは走らせることもできます。ぜひお買い求めくださいね。

さて、店長おびおは、幼いころからバスが大好きです。鉄道や飛行機が好きな人は多いですが、店長にとって特別な存在はバスでした。小さい頃は、街で見かけたバスを、家に帰ってからせっせとノートに記憶頼りのスケッチをして、バスのイラストを収集していました。

そんなことをしているとだんだんバスに詳しくなってきて、おびおが大学生の頃に発刊された雑誌『バスラマインターナショナル』は当然のように愛読書になりました。

自家用車同様に、バスにも様々なメーカーから発売されている、さまざまな車種があります。なかでも、強いあこがれを抱いているのが、国産二階建てバスの三菱ふそう「エアロキング」です。
とにかく巨大で、そしてカッコいい。道路をゆっくりと進んでくるその姿は、まるで陸上を走る客船のようでした。二階建ての長い車体、黒く大きな窓、堂々としたフロント。普通のバスとはまったく違う存在感があり、初めて見たときの驚きは今でも忘れられません。
かつて、このエアロキングは下関と東京を結ぶ夜行高速バスに使われていました。店長おびおが会社員だったころ、東京への出張の際には、もっぱらこの二階建てバスの夜行便「ふくふく号東京」を利用していました。

東京駅の八重洲口バスターミナルでバスを待っていると、やがて「ふくふく号東京」の巨大なエアロキングがバス停に姿を現します。当時、二階建てバスを夜行便で運行していたのはこの路線のみでしたので、東京でさえまだまだ二階建て路線バスは珍しい存在でした。

茨木や筑波方面への長距離バスで帰路につく勤め人でにぎわう日常風景のバスターミナルに、突如現れる巨大なエアロキングは、皆が見上げる存在であり、「下関駅」と表示されたその方向幕は、東京の人々に下関のすごさを知らしめるアイコンでもありました。

「どや、自分は今からこれに乗るぞ！」

なんとなく自慢げにバスに乗り込み、一階の豪華なサロンに目配せをして、車内の階段をのぼり、二階の客席で自分の予約席を見つけて、豪華な一人がけのシートに座ると、先ほどの人々をまさに「眼下に見下ろす」風景となります。
東京への往復は、新幹線や飛行機という選択肢もありましたが、あえて夜行バスを選ぶ理由がありました。それは、夜の高速道路を走り続ける独特の旅の雰囲気が好きだったからです。寝台列車とは違い、途中でバス停停車することもなく、ただ静かに下関へ向かって走り続けます。窓の外には、夜のサービスエリアの灯りや、遠くに見える街の光が流れていきます。
そして、この夜行バスにはもう一つ、特別な空気がありました。それは、乗っている人のほとんどが下関と何らかの関係を持つ人たちだということです。出張に向かう人、東京で働く人、故郷へ帰る人、あるいは観光で訪れた人。理由はさまざまですが、みんなが「下関」とつながっています。
二階席は静かで、誰も会話をしているわけではありません。しかし同じバスの中で同じ夜を過ごしていると、なんとなく仲間のような、不思議な安心感が生まれます。あの空気が、店長はとても好きでした。
しかし、そんなエアロキングも、もう新しく作られることはありません。国産の二階建てバスはすでに製造が終了してしまいました。エアロキングの生産が終わってから、すでに十数年が経ち、実車も少しずつ引退していっています。
もちろん現在でも、日本の高速バス路線には二階建てバスが走っています。ただし、その多くは海外製の車両です。性能は優れていますし、ヨーロッパの街並みにはよく似合うデザインなのでしょう。
けれども、店長にはどうしても、あのヨーロッパ風のスタイルが日本の風景にしっくりと溶け込んでいるようには見えません。日本の高速道路、日本のサービスエリア、日本の街並みには、やはりエアロキングのような国産車のデザインがよく似合っていたように思うのです。
だからこそ、模型を見るとつい手が止まってしまいます。小さな模型の中に、あの巨大な二階建てバスの姿が再現されていると、つい当時のことを思い出してしまうのです。
夜の下関を出発し、静かな車内で過ごす長い時間。気がつくと、朝の光の中に東京の街が見えてくる。
あの日のエアロキングの旅が、今では少し懐かしく感じられます。

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<link>https://matsurido.shop/blog/detail/20260311105047/</link>
<pubDate>Wed, 11 Mar 2026 11:20:00 +0900</pubDate>
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<title>娘への愛ゆえに犯してしまった過ちだが、これはまさしく父娘愛の結晶～ビオランテ</title>
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<![CDATA[
今日、まつり堂模型店にフジミ模型の「ビオランテ」キットが入荷しました。税込5800円です。怪獣キットは、正直に言えばガンプラほど回転が速い商品ではありません。<brdata-end="159"data-start="156"/>ウォーハンマーの新製品のように予約で埋まる世界でもない。<brdata-end="190"data-start="187"/>それでも、私はこのキットが入荷すると、どうしても語らずにはいられなくなるのです。
なぜ模型屋が、怪獣の、しかもビオランテについて、こんなにも熱くブログを書くのか。理由は単純です。ビオランテは「造形がすごい怪獣」だからではありません。<brdata-end="314"data-start="311"/>「人気があるから」でもありません。
それは、物語を内包した存在だからです。
模型店という場所は、単にモノを売る場所ではないと私は思っています。<brdata-end="394"data-start="391"/>そこには、物語を売る側面がある。そしてビオランテほど、“物語を背負った怪獣”は他にいないのです。
1989年公開の『ゴジラvsビオランテ』。<brdata-end="497"data-start="494"/>そこに登場するビオランテは、破壊の象徴として生まれた怪獣ではありません。彼女は、父娘愛から生まれました。
娘を永遠に残したいという、あまりにピュアな動機
物語の中心人物は、生物工学者の白神源壱郎博士。彼はテロによって最愛の娘を失います。突然の別れ。<brdata-end="712"data-start="709"/>何も伝えられないまま、永遠に断ち切られてしまう親子。
博士は、娘の遺伝子を植物に組み込み、存在を永遠に残そうとします。<brdata-end="775"data-start="772"/>そこへゴジラ細胞が融合し、ビオランテが誕生する。
倫理的には禁忌です。<brdata-end="814"data-start="811"/>科学者として越えてはならない一線。

遺伝子とは情報です。<brdata-end="957"data-start="954"/>その人が確かに存在した証でもあります。だからこそ、<brdata-end="985"data-start="982"/>「娘の遺伝子を消したくない」<brdata-end="1002"data-start="999"/>という博士の願いは、科学者としてはあまりに自然で、あまりにピュアなのです。
なぜ私はビオランテに心打たれるのか
ビオランテが芦ノ湖に静かに佇む姿。あの場面を思い出すたび、私は胸が締めつけられます。それは怪獣ではない。<brdata-end="1127"data-start="1124"/>そこに見えてしまうのは、博士の愛した娘さんの姿なのです。
異形の植物怪獣へと姿を変えても、その体内には確かに遺伝子がある。<brdata-end="1192"data-start="1189"/>娘の存在の痕跡が、そこにある。別れを告げることもできず、永遠に引き裂かれてしまった父娘。<brdata-end="1241"data-start="1238"/>その悔しさ。<brdata-end="1250"data-start="1247"/>その悲しさ。
湖面に浮かび、微動だにしないビオランテの姿に、<brdata-end="1284"data-start="1281"/>私はその感情を重ねてしまうのです。怒りではない。<brdata-end="1313"data-start="1310"/>破壊衝動でもない。ただ、存在してしまった悲しみ。だからこそ、ビオランテは私にとって「怪獣」という言葉では収まりきらない存在なのです。
ビオランテの最期と、科学者の良心
物語の終盤、博士は自らの研究を止める決断をします。愛から始まった実験が、世界を脅かす存在へと変わってしまった。<brdata-end="1471"data-start="1468"/>娘を守りたいという願いが、娘を怪物として苦しませてしまった。そこで博士は、父としてではなく、科学者としての責任を選ぶ。
科学は力です。<brdata-end="1544"data-start="1541"/>そして力には責任が伴う。自ら生み出した存在を制御できないと悟ったとき、<brdata-end="1584"data-start="1581"/>博士はその暴走を止める側に立つ。それは愛を否定したのではありません。<brdata-end="1623"data-start="1620"/>むしろ、娘をこれ以上“怪物”として縛りつけないための選択だったのではないか。
ビオランテは最期、光の粒となって空へ昇っていきます。あれは消滅ではなく、解放に見えます。そこには、科学者としての良心と、父としての祈りがあったと思うのです
。だから模型屋はビオランテを語る
模型とは、形を作る行為です。しかし、形の奥にある物語を知ったとき、<brdata-end="1804"data-start="1801"/>その模型は単なるプラスチックの集合体ではなくなります。
フジミのビオランテを組むとき、<brdata-end="1851"data-start="1848"/>触手の一本一本を接着しながら、<brdata-end="1869"data-start="1866"/>湖に佇む姿を思い出す。あの怪獣は、父娘愛の結晶だったのだと。
まつり堂模型店は、ただ商品を棚に並べるだけの場所ではありません。<brdata-end="1938"data-start="1935"/>そのキットが背負っている物語を、一緒に味わう場所でありたい。だから私は、ビオランテが入荷すると、どうしても語ってしまうのです。
怪獣の中で、最も人間らしい怪獣。娘への愛ゆえに犯してしまった過ち。<brdata-end="2043"data-start="2040"/>しかしそこにあった感情は、間違いなく本物だった。
フジミのビオランテは、ただの怪獣キットではありません。<brdata-end="2099"data-start="2096"/>それは、父娘愛という物語を手のひらに載せる模型なのです。店頭で、ぜひ箱を手に取ってみてください。<brdata-end="2152"data-start="2149"/>そこには、恐怖ではなく、静かな愛の物語が封じ込められています。
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<link>https://matsurido.shop/blog/detail/20260226131122/</link>
<pubDate>Thu, 26 Feb 2026 13:18:00 +0900</pubDate>
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<title>アメリカ西海岸の風を感じるワーゲンバスのキットあります</title>
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まつり堂模型店のカーモデル棚に収められている２台のカラフルなワーゲンバスのキットを眺めていると、頭の中にある曲がローテーションされ始めます。店長おびおが生まれた年と同じ1965年に全米で大ヒットを巻き起こした名曲「CaliforniaDreamin'」です。

高校生のころ、当時はやっていたBCLで、愛機NationalRF-B30で聴くノイズだらけのVOA(VoiceOfAmerica)から流れてきたあのメロディは、遠い海の向こうの景色を想像させてくれる魔法のような存在でした。
「暖かいカリフォルニアに行きたい」――そんな歌詞に、多感な高校生の自分は強く心をつかまれました。まだ海外旅行が一部のお金持ちのものだった時代、アメリカ西海岸は映画や音楽の中にだけ存在する“憧れの場所”。青い空、パームツリー、ビーチ、そしてヒッピーカルチャー。自由で、明るくて、どこか少し反体制的で、でも人間らしい温度を持った文化。それらがひとつの象徴として結晶した存在が、ワーゲンバスでした。
1960年代後半、カリフォルニアを中心に広がったフラワームーブメント。花柄のペイントを施したワーゲンバスは、若者たちの自由の象徴でした。サーフボードを積み、ギターを抱え、海岸沿いを走る。そんな情景は、写真や映像の中でしか知らないはずなのに、不思議と心にリアリティを持って迫ってきます。
そして時は流れ、2006年。店長おびおが初めてアメリカ西海岸の地を踏んだのは、仕事の出張がきっかけでした。若いころに思い描いたカリフォルニアは、遠い夢のような存在でしたが、実際に降り立ったその空気は、想像以上に心に響くものでした。

抜けるような青空、乾いた風、夕暮れのオレンジ色の光。港に並ぶヨット、海岸線を走る車たち。そこに流れている空気は、ラジオから聴こえた「CaliforniaDreamin'」の世界とどこか重なって、「CaliforniaDreamin'」が何度も何度も脳内ヘビーローテーションされたことはいうまでもありません。
出張という形での初訪問でしたが、その感動は忘れられませんでした。そしてその後、今度は個人旅行で何度も西海岸を訪れることになります。サンフランシスコの街並み、ロサンゼルスの広がる空、サンタモニカの夕陽。そして、思いのほか暗い夜の街の不穏な街角にさえ“自由”を感じました。
西海岸の文化は、ただ派手なだけではありません。自分の好きなものを好きと言える強さ、自分のスタイルを持つことの大切さ。ワーゲンバスのカラフルなボディペイントは、その精神の象徴でもあります。花柄やポップなイラストは単なる装飾ではなく、「自分らしく生きる」というメッセージそのものなのです。

ひょっとすると、今、店長おびおが、低くローダウンしたセダンに推しキャラを派手に描いた痛車に乗っているのも、その源流は同じところにあるのかもしれません。
店頭にあるワーゲンバスのキットは、そんな西海岸カルチャーを凝縮した存在です。フラワーパワー全開のヒッピー仕様もあれば、サーフショップをイメージしたポップなデザインもあります。どちらも1960～70年代の空気をまとい、見る人の心に“あの時代”を思い出させてくれます。
模型は単なるプラスチックの塊ではありません。そこに物語を重ねることで、初めて命が宿ります。店長おびおにとって、ワーゲンバスは単なる旧車ではなく、青春の憧れと実体験が重なった特別な存在です。高校生のころ、BCLラジオの向こうに広がっていた西海岸の景色。2006年、実際に肌で感じたあの風。そして何度も訪れた旅の記憶。それらが一台のワーゲンバスに重なります。
もしあなたが「CaliforniaDreamin'」を聴いて心が動いたことがあるなら。もしカリフォルニアの空や海に憧れたことがあるなら。このキットはきっと、ただの模型以上の存在になるはずです。色を塗り、デカールを貼り、ゆっくりと組み上げる時間は、きっと西海岸への小さな旅になります。
まつり堂模型店には、アメリカ西海岸の風を感じられるワーゲンバスのキットがあります。あの時代の音楽とともに、ぜひあなたの手で一台、完成させてみませんか。
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<link>https://matsurido.shop/blog/detail/20260225151901/</link>
<pubDate>Wed, 25 Feb 2026 16:01:00 +0900</pubDate>
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<title>砲塔を捨てた空母たち ――そして回転甲板の夢</title>
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<![CDATA[
みなさん、こんにちは、まつり堂模型店店長おびおです。今日は「航空母艦」のお話を書きます。模型を作っていると、「なぜこの形になったのか」という問いに必ず行き着きます。艦船模型、とりわけ空母はその最たる例のひとつだと思います。アメリカ海軍の「USSLexington(CV-2)」、そして日本海軍の「赤城と加賀」。いずれも初期状態では大型砲塔を装備し、敵艦と砲戦を行う能力を持っていました。しかし後年の改装でこれらは撤去され、純粋な航空機運用艦へと姿を変えます。なぜ彼女らは「砲塔を捨てた」のか、今回のおびおの疑問点はここでした。空母は「戦艦の補助」だった第一次大戦後、意外なことに航空機はまだ補助的兵器に過ぎませんでした。空母もまた「偵察・索敵・補助攻撃」を担う存在と考えられ、主力はあくまで戦艦による艦隊戦でした。そのため初期の空母には、自衛や限定的な砲戦を想定した重砲が搭載されました。レキシントン級はもともと巡洋戦艦として起工され、ワシントン海軍軍縮条約によって空母へ改装された経緯があります。おもしろいことに、赤城と加賀も同様に、戦艦・巡洋戦艦からの転用艦です。砲塔は「本来の設計思想」の名残でした。生粋の空母を世界で初めて建造したのは日本ですが、これついてはまた別の機会に。航空機こそ主兵力へしかし1930年代に入ると状況は変わります（ちなみに、太平洋戦争の開戦は1941年です）。航空機の航続距離、搭載量、雷撃能力が飛躍的に向上し、「敵を遠距離から無力化できる」ことが明確になりました。砲戦距離よりもはるかに外側から攻撃できる航空機は、艦隊戦の主役へと躍り出ます。戦闘機が戦艦を撃沈させることができる戦闘能力を持っていることを世界で初めて証明したのも日本でした。もちろん、真珠湾攻撃のことです。ここで問題になるのが砲塔の重量と搭載スペースです。砲塔は重く、弾薬庫も含めて巨大な重量物です。それはすなわち、搭載可能な航空機数を圧迫します。空母の戦闘力は「艦の火力」ではなく「搭載機数」によって決まる時代に入りました。そこでレキシントンも赤城も加賀も、大規模改装で重砲を撤去し、飛行甲板を延長・一体化し、格納庫を拡張します。空母は“自ら撃つ艦”から“航空機を撃ち出す艦”へと進化したのです。模型的に見れば、初期型と改装後の姿はまるで別物です。多段式飛行甲板を持つ赤城の初期形態は萌え萌えですが、実戦思想の変化がその造形を淘汰していったとも言えます。その後、現在に至るまで、空母の最適解は空母の建造能力を持つ日米英仏が模索し続けますが、世界最新鋭の航空母艦ともいえる日本国海上自衛隊の「DDH-184かが」に至るまで、重武装を持つ空母は一隻も建造させれることはありませんでした。
デスラー戦闘空母の「回転甲板」という発想
この現実史を踏まえると、アニメ『宇宙戦艦ヤマト』に登場するデスラー戦闘空母の構造は非常に興味深い存在です。戦闘態勢では砲塔を前面に出し、空母状態では甲板を展開する――しかも“回転”させて切り替えるのですから。
これは、歴史が否定した「砲戦と航空運用の両立」を、SF的発想で解決しようとしたデザインと言えるでしょう。無重力の宇宙空間では、海洋で問題となった重量問題や構造強度の制約を超越することができます。また、攻撃方法が砲弾から・・・ビーム（？？？）に変わったことによって、弾倉も不要となり、多くの艦載機の積載と回転構造が可能となりました。

これらは未来の宇宙艦だからこそ成立するギミックです。言い換えれば、これは現実世界での空母進化の“if”。もし技術的制約がなければ、艦隊決戦能力と航空戦力を一隻に統合したかった、という願望の具現化ではないかと思っています。
回転甲板は単なる派手な演出ではなく、「役割の二重性」を視覚化する装置なのです。戦闘艦か、空母か。その切り替えを物理的に示すための機構。モデラー的には、可動ギミックを内蔵したくなる衝動を強く刺激します。

「そもそも、宇宙空母に航空甲板は必要なのか？」という議論は却下したいと思います。だって、甲板があった方が萌えるでしょ？
ガミラスの方針転換
さらに物語が進むと、ガミラス帝国は戦闘空母の建造を中断し、三段空母のような航空機運用に特化した艦へ方針転換します。これはまさに、レキシントンや赤城が辿った歴史と重なります。
実戦経験がデスラーの思想を変えるのです。艦そのものの砲火よりも、制空権・制宙権の確保が勝敗を分ける。ならば、戦闘機運用に集中して取り組める艦が必要になる。戦闘機運用に特化することにより、さらに艦の構造は最適化ができ、乗組員の練度も上がる。戦闘甲板のような巨大構造物の回転機構を廃することにより故障のリスクもなくなる。ガミラスもまた、「両立」から「特化」へと進化したと解釈できます。
造形は思想の結晶
戦艦から空母へ、砲塔から飛行甲板へ。そこには単なる技術進歩ではなく、「何を主兵力とするか」という思想の変化があります。そしてSF作品は、その思想を自由に再構築します。
模型を作るとき、初期型か改装後かを選ぶだけでなく、「その時代の海軍は何を信じていたのか」を考えてみると、作品の奥行きが一段深くなります。赤城の三段甲板を再現するのか、近代化改装後のスマートな姿を選ぶのか。デスラー戦闘空母の回転機構をどう表現するのか。
艦の形は、戦い方の歴史そのもの。<brdata-end="1827"data-start="1824"/>そしてモデラーは、その歴史の“分岐点”を手の中で再現できる存在なのです。
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<link>https://matsurido.shop/blog/detail/20260223091728/</link>
<pubDate>Mon, 23 Feb 2026 09:54:00 +0900</pubDate>
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<title>540円の塗料、買わなくてよかった？　買ってよかった？</title>
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近年、塗料を含むホビー用品全体で価格改定が続いています。原材料費や輸送コストの上昇、為替の影響など、背景にはさまざまな要因があります。模型店を営む立場としても、値札を書き換えるたびに心が軽くなることはありません。
そんな中、当店でイチオシしているシタデルカラー（店頭価格BASE540円：定価580円をお値引き販売中）について、「ちょっと高い」と感じられる方がいらっしゃるのも自然なことだと思います。ですが、この価格にはきちんと理由があります。

先日
「シタデルカラーって、540円もするの？買わなくてよかった」
とのコメントを頂きました。「買わなくて『良かった』」
これは、模型屋としても、モデラーとしても、少し残念な感想です。

果たしてそれは本当に、プラモデルを作る人にとって「買わなくて良かった」と「感じて良いものだったのかどうか」しばらく思案したので、このブログを書くことにしました。
なぜシタデルカラーは高いのかまず、性能面です。
シタデルカラーのBASEは、<brdata-end="331"data-start="328"/>・隠ぺい力が非常に高い<brdata-end="345"data-start="342"/>・発色が安定している<brdata-end="358"data-start="355"/>・筆ムラが出にくい<brdata-end="370"data-start="367"/>・乾燥後の塗膜が強い
特にミニチュアのような小さな立体物では、塗料の隠ぺい力と伸びの良さが仕上がりを大きく左右します。赤や黄色のような難しい色でも、比較的少ない回数で下地を覆える。これは作業時間の短縮だけでなく、仕上がりの安定にも直結します。
また、色設計が体系化されている点も特徴です。BASE、LAYER、SHADEなど工程ごとに役割が明確で、迷いにくい。これは特にウォーハンマー系のユーザーにとって大きな利点です。
こうした性能設計や品質管理、輸入品であることなどを総合すると、540円という価格は「ボルために、あるいは高級感を演出するために高く設定された」のではなく、「必要な品質を維持した結果」といえるでしょう。
実際、一度使われた方が「なるほど」と納得し、リピートされるケースは少なくありません。価格を理解した上で選び続けている、という印象があります。
安い＝品質が低い、ではない
ここで大切なのは、「高い塗料が正義」という話ではない、ということです。
例えば、国内で広く流通している水性ホビーカラー。価格は比較的抑えられていますが、それは品質が低いからではありません。大量生産・大量流通が成立しているため、いわゆる量産効果が出ているのです。
多くのユーザーに長年支持されてきたからこそ、安定供給と価格のバランスが保たれている。これは企業努力の結果です。
つまり、・安い塗料＝品質が悪い<brdata-end="976"data-start="973"/>・高い塗料＝ぼったくりという単純な構図ではありません。
一般的に言えば、特殊な性能や高度な色設計を持つ塗料ほど、価格は上がりやすい傾向があります。これは模型に限らず、道具全般に言えることです。
塗料は「目的」から選ぶ
では、どう選べばよいのでしょうか。私は、まず「目的」から考えることをおすすめしています。
・筆塗りでミニチュアを短時間で仕上げたい<brdata-end="1173"data-start="1170"/>・エアブラシで広い面を滑らかに塗りたい<brdata-end="1195"data-start="1192"/>・コストを抑えながら多色塗装を楽しみたい<brdata-end="1218"data-start="1215"/>・発色重視でコンテストレベルを目指したい目的によって最適解は変わります。
もし、求める仕上がりを実現するために適した塗料がやや高額だった場合、そのときに考えるのは「価格」だけではありません。
その仕上がりは、自分にとってどれだけ価値があるのか。<brdata-end="1349"data-start="1346"/>完成した模型を見たとき、満足できるかどうか。そのバランスを自分なりに考えることが大切です。
540円の意味
シタデルカラーの540円は、確かに気軽な価格ではないかもしれません。ですが、その中には性能設計や品質管理、色体系の整備など、さまざまな要素が含まれています。
一方で、国内塗料メーカーが量産によって価格を抑えているのも事実です。どちらも、それぞれの強みがあります。
最終的に選ぶのは、お客様ご自身です。「手を出さなくてよかった」と思うのか。<brdata-end="1593"data-start="1590"/>「使ってみてよかった」と思うのか。その違いは、価格そのものよりも、「自分がどんな模型を作りたいか」によって決まるのではないでしょうか。
塗料は消耗品ですが、仕上がりは作品に残ります。<brdata-end="1690"data-start="1687"/>そして作品は、あなたの満足として残ります。値上がりが続く時代だからこそ、<brdata-end="1731"data-start="1728"/>目的に合った一本を、納得して選ぶ。それが、QualityofPlamo(QOP)への一歩だと私は思っています。
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<link>https://matsurido.shop/blog/detail/20260218094502/</link>
<pubDate>Wed, 18 Feb 2026 10:23:00 +0900</pubDate>
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<title>にほん陸軍「あきつ丸」</title>
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まつり堂模型店の店頭には、アオシマのウォーターラインシリーズ「日本陸軍あきつ丸（前期型）」があります。（店頭価格税込3400円）

あきつ丸は、艦艇史のなかでも少し異色の存在です。あきつ丸は大日本帝国陸軍が建造・運用した揚陸艦（上陸用舟艇母船）で、陸軍では「特殊船丙型」に分類されました。「ガンダムジークアクス」では、コモリさんの搭乗している「ソドン」に相当する船です。

上陸用舟艇の大発動艇を多数搭載し、船尾ハッチが開いて、迅速に発進・収容できる“ドック型”の運用思想をもっていた点が大きな特徴です。現代の強襲揚陸艦を思わせる先進性が、当時すでに試みられていた――その事実だけでも、模型にしたくなるロマンがあります。
開発の背景には、島国である日本の地理条件や、第一次大戦の上陸作戦の教訓がありました。陸軍は早くから上陸戦に注目し、舟艇の実用化を進め、1930年代には「神州丸」という本格的な舟艇母船を完成させます。

神州丸は実戦の上陸作戦で能力を発揮し、その成功が量産型の特殊船計画へとつながりました。あきつ丸はその発展型として1940年に起工、当初は秘匿のため商船風の外観で建造される予定でしたが、国際情勢の変化もあり、最終的には飛行甲板を備えた空母型の姿で竣工します（1942年）。
この「飛行甲板を持つ揚陸艦」という設計が、あきつ丸をいっそうユニークにしています。上陸部隊支援のため戦闘機を運用する構想があり、格納庫やエレベーターも備えました。ただし当初は“発艦はできるが着艦は想定しない”という運用で、実戦で計画通りの航空支援が行われた機会には恵まれませんでした。

そのかわり飛行甲板と格納庫は、航空機・車両・舟艇などを積む輸送スペースとして活用され、あきつ丸は南方各地への輸送・揚陸任務で働き続けます。ラバウルへ複数回入港したこと、米軍に護衛空母と誤認されたことなどは、当時の情報戦・識別の難しさも感じさせるエピソードです。

戦局が進み、潜水艦による通商破壊が深刻化すると、あきつ丸は“対潜の目”としての役割も期待されます。1943年にはオートジャイロ（カ号観測機）での発着試験が行われ、1944年には本格的な改装によって護衛空母的な性格を強めました。飛行甲板の拡幅、着艦制動装置や指揮灯の設置、防火設備の強化、対空火器の増設、対潜装備の追加――「揚陸艦」から「護衛空母」へ、目的に合わせて艦が変化していく過程は、模型的にも見どころが多いポイントです。

その後、まつり堂模型店のある下関市の対岸・門司―釜山航路などで輸送と哨戒任務に就きますが、1944年11月、フィリピンへの部隊輸送を担うヒ81船団に参加した航海で悲劇が訪れます。五島列島沖で米潜水艦の雷撃を受け、誘爆と火災ののち転覆・沈没。多数の将兵と乗員が失われました。
この艦の歩みは、上陸戦・輸送・航空運用・対潜と、当時の戦争が求めた役割を一隻に背負わせた“過密な実験”にも見えます。模型としての「あきつ丸」は、ただの艦船キットではなく、技術と運用思想がせめぎ合った歴史の断面を、手のひらサイズで眺められる題材です。

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<link>https://matsurido.shop/blog/detail/20260214122250/</link>
<pubDate>Sat, 14 Feb 2026 12:35:00 +0900</pubDate>
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<title>モデラーメイドねろこの美プラの歴史　第三回「フレーム・アームズ・ガール」</title>
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こんにちは、モデラーメイドのねろこです<brdata-end="126"data-start="123"/>美プラの歴史をたどるシリーズ第三回、今回は美プラと言えば！！と避けて通れない存在――<brdata-end="161"data-start="158"/>「フレーム・アームズ・ガール」について触れていきたいと思います☆
美少女プラモデル、いわゆる“美プラ”というジャンルが現在のような一大カテゴリーになる前、可動美少女キットは決してメジャーとは言えませんでした。武装神姫や一部ガレージキット的な存在はありましたが、一般的な模型店の棚に堂々と並ぶ存在ではなかったのです。
その流れを大きく変えたのが、2015年に登場したコトブキヤ「フレーム・アームズ・ガール」でした。
もともと「フレーム・アームズ」は、コトブキヤのオリジナルロボットプラモデルシリーズです。内部フレーム構造を持ち、武装の換装が可能なメカシリーズ。そのメカを有名絵師さんが“美少女化”したものを同人誌に寄稿したことがきっかけとなり、スピンアウト企画としてフレーム・アームズ・ガールが誕生することになります
ここで重要なのは、単なる擬人化ではなかったという点！内部には3mmジョイント規格が活かされ、武装はそのまま流用・換装可能。<brdata-end="551"data-start="548"/>つまり「キャラクターモデル」と「メカ模型」の世界を橋渡しする存在だったのです。
そして何より衝撃だったのは、クオリティ。・精密な色分け<brdata-end="624"data-start="621"/>・表情パーツの豊富さ（タンポ印刷）<brdata-end="637"data-start="634"/>・広い可動域<brdata-end="646"data-start="643"/>・メカと少女の融合デザイン
これは“ネタ商品”ではなく、明確に完成度の高い商品でした。
特に第一弾の「轟雷」は、美プラの方向性を決定づけた存在と言っても過言ではありません。メカ感を残しつつも、確かに“女の子”として成立している。その絶妙なバランスが、多くのモデラーの心を掴みました。ほぼ同時期に出てきたガルパンや艦これなどの影響により、メカ美少女の需要が高まっていたことも一因かもしれませんね
さらに大きな転機となったのがアニメ化です。2017年放送のTVアニメ『フレームアームズ・ガール』は、プラモデル発のオリジナルアニメとして成功を収めました。これにより、「模型としての存在」から「キャラクターコンテンツ」へと進化します。（ちなみにヒロイン？の源内あおちゃんはメチャクチャいい子です。後に創彩少女庭園から美プラデビューしています）ここで美プラは、単なる模型の一ジャンルではなく、“推せるキャラクター”を持つカテゴリーへと変貌しました。
そして忘れてはならないのが、その後の波及効果です。フレーム・アームズ・ガールの成功をきっかけに、・メガミデバイス<brdata-end="1030"data-start="1027"/>・創彩少女庭園<brdata-end="1040"data-start="1037"/>・バンダイの30MSなど、各社が本格参入。美プラは一過性のブームではなく、完全に市場として確立しました
ねろこ的に大きいのは、「組んで楽しい」だけでなく、「塗って楽しい」「改造して楽しい」文化が広がったことです。
フレーム・アームズ・ガールは、3mmジョイント規格を通じてカスタム文化を加速させました。武装を盛る、他シリーズと混ぜる、オリジナル装備を作る。<brdata-end="1232"data-start="1229"/>そこにはガンプラ文化と同じ“遊びの拡張性”がありました。
そしてもうひとつ。それまで模型売り場に足を運ばなかった層――<brdata-end="1297"data-start="1294"/>いわゆるキャラクターコンテンツファンや女性層も取り込んだこと。美プラは、模型店の客層を広げたジャンルでもあります！ねろこも元々はドールユーザーでしたが、見事に美プラ壺にハマっていますしね
フレーム・アームズ・ガールは、美プラの“完成形”ではありません。<brdata-end="1394"data-start="1391"/>でも、確実に“転換点”でした。
武装神姫が「可動美少女」という種を蒔き、<brdata-end="1434"data-start="1431"/>フレーム・アームズ・ガールが「市場」として芽吹かせ、<brdata-end="1463"data-start="1460"/>その後のシリーズが花を咲かせた。そんな位置づけだと思っています
美プラは今や当たり前の存在です。<brdata-end="1523"data-start="1520"/>でもその当たり前は、挑戦の積み重ねで生まれました。
次回は、美プラ戦国時代を決定づけた存在――<brdata-end="1574"data-start="1571"/>「メガミデバイス」について語りたいと思いますお楽しみにっ
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<link>https://matsurido.shop/blog/detail/20260211200838/</link>
<pubDate>Wed, 11 Feb 2026 20:47:00 +0900</pubDate>
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