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<title>コラム</title>
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<language>ja</language>
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<title>幸町午前５時</title>
<description>
<![CDATA[

午前5時。
まだ人通りのない幸町のT字路に、シャッターを巻き上げる音が響きます。

最初に動き出すのは、精肉店です。
店の中に明かりがつき、市内各地のお肉屋さんへ出荷する準備が始まります。
荷物を運ぶ足音。
短く交わされる声。
軽トラの荷台に積み込まれていくかつて生きていた肉のかたまり。
通りにはまだ朝の静けさが残っていますが、精肉店の中では、もう一日の仕事が勢いよく進んでいます。

次にシャッターが開くのは、鮮魚店です。
唐戸市場から仕入れてきた魚が、冷蔵ショーケースに並べられていきます。
照明を受けて光る魚の肌。
並べる向きや位置を整える店主の手が、次々と動きます。

ひととおり並ぶと、今度はお刺身の準備です。
まな板に向かい、包丁を動かす背中。
お客様が買いに来られるころには、きれいなお刺身が並んでいる。
そのための仕事は、こんな時間から始まっています。

そして、T字路を囲むもう一軒にも、明かりがともります。
模型店です。

……え？精肉店、鮮魚店、と来て、模型店！？

お肉とお魚が朝早いのは、なんとなくわかります。
ところが、こちらで扱っているのはプラモデルです。
朝一番に箱を開けないと鮮度が落ちる、ということはありません。
ガンダムも昨夜と同じ姿で、おとなしく棚に収まっています。

では、店長おびおは、朝5時から何をしているのでしょう。

まずは掃除です。
夜の間は店内に置いている電照看板とノボリを外の所定の位置に設置。
掃除機をかけ、気になるほこりを取り、店内をひと回りします。

棚を見ると、昨日売れた商品の場所がぽっかり空いています。
奥に引っ込んでいる箱を手前に出し、傾いた箱を直し、商品名がきちんと見えるように並べます。
ここで、つい一歩下がって、眺めます。
うん、きれいになった。
でも、隣の棚が少し気になります。
そちらも直します。

今度は、その隣です。
模型店の棚は、なぜか一か所きれいにすると、別の場所から「こっちもお願いします」と声がするようです。

そのまま在庫を確認し、不足している商品を発注リストに加えます。
塗料や工具の棚も見て回り、「これも補充しないと」と書き足していきます。

次に、7時ごろに出社される、くろろ社長の朝食の準備。
カリカリの上に、大好物のチュールをかけて、いつでも食べられるように置いておきます。

続いて、パソコンの前へ。
前日に確認しきれなかった新製品の案内を開き、何を仕入れるか考えます。
これを待っているお客様はいらっしゃるだろうか。
何個くらい入れようか。
新製品の写真を見て「これはいいなぁ」と眺めていると、時計が進みます。

仕事です。
仕事なのですが、模型屋になる前から好きだったことなので、ちょっと境目があやしい時間でもあります。

夜の間に通販のご注文も届いています。
やったー！売れてる！！と画面に向かって思いながら、商品を棚から取り出します。
品番と内容を確かめ、梱包して、発送の準備。
箱に収めるときは、お客様のところまで無事に届きますように、です。

メール、X、LINEも順番に確認します。
お問い合わせ、お取り置きのご依頼、投稿へのコメント。
内容を確かめながら、一つずつ返信していきます。

そうこうしていると、もう一つ、確認を待っているものがあります。
3Dプリンターです。
前夜に造形を始めた品ができあがっています。
取り出して、表面を眺め、寸法や収まりを確認します。
思ったとおりにできていると、朝からちょっとうれしい。
次の造形をセットして、スタート。
こちらも働き始めました。
おびおが別の仕事をしている間も、少しずつ形を作ってくれます。

さて、ひと息つこうかと時計を見ると、だいたい8時を過ぎています。
あれ。さっき5時でしたよね？
お肉屋さんも、お魚屋さんも忙しそうですが、模型屋も、意外と朝にやることがあるのです。

まつり堂模型店の開店は午前9時。そこから逆算すると、5時に仕事を始めても、決して早すぎることはありません。
むしろ、「開店までに、あとこれだけは」と、最後は少しあわただしくなります。

幸町のT字路では、今日もお肉が運ばれ、お魚が並び、プラモデルの箱がまっすぐに整えられています。
模型の鮮度は変わりませんが、売り場は朝のうちに整えておきたい。

午前9時。おびおとしては、もうずいぶん働いた気がしていますが、ここから開店です。
おはようございます。
いらっしゃいませ。
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<link>https://matsurido.shop/blog/column/detail/20260911080929/</link>
<pubDate>Fri, 11 Sep 2026 08:39:00 +0900</pubDate>
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<title>ヴォイニッチ手稿を解読したらお客さんが増えますか？</title>
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<![CDATA[

さて、今は9月10日木曜日の午後7時。
先ほどのお客様がお帰りになってから、ずいぶん時間がたった気がします。
おびおのXへの投稿がやたら多いことで、店内の様子をお察しの方もいらっしゃるでしょう

まつり堂模型店のお客様を、もっと増やしたい。
日々、商品の紹介文を考えたり、ポスターを作ったりしているおびおですが、ふと、とんでもないことを思いつきました。

「ヴォイニッチ手稿を解読したら、お客様が増えるのでは？」

謎の文字や不思議な挿絵で知られる、あの古文書です。
これを下関の模型店の店長が解読したら、きっと大ニュースになるでしょう。

まず、「謎の古文書、模型店店主が解読」というニュースが世界を駆け巡ります。
店の前にはテレビ局の中継車。
電話は鳴りっぱなし。
海外の研究者もやってきます。

これは、すごい集客です。
ところが、ここで問題に気づきました。
店に来て下さった皆さんは、ヴォイニッチ手稿の話しかしません。
残念なことに、まつり堂模型店には「KATOのカタログ」はありますが「ヴォイニッチ手稿」は売っていません。

では、関連商品を用意すればどうでしょう。
ヴォイニッチ手稿の挿絵を再現したミニチュア。
謎の植物のジオラマ。
解読記念の、おびお直筆サイン入りのガンプラ。

ようやく模型店らしくなってきました。
3Dプリンターも活躍できそうです。

しかし、そのためには、まずヴォイニッチ手稿を解読しなければなりません。
販促の準備として、最初のハードルが高すぎます。
というか、店長おびお、30年位前にヴォイニッチ手稿の解読に取り組んだ黒歴史があります

さて、ヴォイニッチ手稿を解読すれば、店に来る人は増えるかもしれません。
でも、その人たちが模型を欲しくなる理由はなさそうです。

そう考えると、愚直に目の前の商品について「これ、こんなところが面白いんですよ」と伝える仕事は、やっぱり大切です。
世界的な謎を解かなくても、箱を眺めているだけでは気づかない魅力なら、店の中にたくさんあります。
今夜は、その魅力を一つ、ポスターにしてみましょう。

ヴォイニッチ手稿の解読は、ひとまず保留ですね。
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<link>https://matsurido.shop/blog/column/detail/20260910184924/</link>
<pubDate>Thu, 10 Sep 2026 19:09:00 +0900</pubDate>
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<title>気づけば、また朝でした。</title>
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<![CDATA[

以前、起業に成功した方が「最初の３年間は、寝ずに働いた」とネットの記事で語っているのを見たことがあります。

誰だったかは忘れてしまいましたが、そのとき思ったことは覚えています。
「自分には、そんな働き方は無理だわ」

ところが、おびおは今、また店で朝を迎えようとしています。
店の仕事が、楽しくて仕方がないのです。

始めたばかりの店には、改善したいことが山ほどあります。
商品の魅力が伝わりにくい売り場。
もっと見ていただきたい商品。
頭の中にあるままで、まだ形にできていないオリジナル商品。
それを一つずつ、手を動かして改善していく。

すると、不思議なことに、終わりはさらに遠のきます。
一つできると、「それなら、ここもこうしたい」と、次に取り組みたいことが見えてきます。

計画して、実行して、結果を確かめて、改善する。
店を始める前に勤めていたメーカーで学んだ、まさにPDCAです。
今はその一周一周が、自分の店の変化として目の前に現れます。
これが、なんとも面白い。

今夜もAIと一緒に販促プランを考え、そのためのフライヤーを作ります。
「この商品の、どこを伝えれば欲しくなるだろう」。
AIに相談しながら、言葉や見せ方を詰めていくと、ぼんやりしていた考えが形になっていきます。

合間には、入荷した商品のPOS入力。
お客様が店内にいらっしゃる時間には、なかなか集中して進めにくい仕事も、閉店後なら順番に片づけられます。

そうこうするうちに、3Dプリンターの試作品が完成します。
手に取って眺めると、
「ここはもう少し広い方がいいな」
「この部分は使いにくそうだ」
と、画面では気づかなかった点が見つかります。
またAIと相談しながらデータを直し、試作品Ver.2をプリンターにセット。
動き始めたのを見届けて、ちょっとだけ、イスで仮眠します。

そして、目が覚めると。
「あぁ、外が明るくなってきた」

あのころ聞いた「寝る間も惜しんで働いた」という言葉が、今は少し違って聞こえます。
あの方も、もしかすると、次にやってみたいことが次々に見つかっていたのかもしれません。

もちろん、睡眠も大切です。
今日のお客様を、眠そうな顔でお迎えするわけにはいきませんから。
そう思いながら、つい3Dプリンターをのぞき込みます。
今度は、うまくできているかな。
店づくりも、この試作品も、昨日より少しよくなっている。
その続きを見たくて、今日もおびおは店にいます。
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<link>https://matsurido.shop/blog/column/detail/20260910052954/</link>
<pubDate>Thu, 10 Sep 2026 05:40:00 +0900</pubDate>
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<title>ハセガワの「サイエンスワールド シリーズ」で、宇宙に思いをはせる</title>
<description>
<![CDATA[

もうすぐ8月7日。月遅れの七夕を迎えます。

七夕といえば、天の川を隔てた織姫と彦星の物語。子どものころ、夜空を見上げて二つの星を探した経験のある方も多いのではないでしょうか。残念ながら店長おびおは子供の頃から目が悪かったので、一度も見つけることができませんでした。

ましてや、街の明かりが増えた現在では、満天の星を見る機会は少なくなりました。それでも七夕が近づくと、普段より少しだけ空が気になり、遠い宇宙へ思いをはせたくなります。

私が、そんな季節にあらためて手に取りたくなるのが、ハセガワの「サイエンスワールドシリーズ」です。このシリーズでは、「無人宇宙貨物船HTV」のように、絶版になった商品もあるものの、ボイジャーやハッブル宇宙望遠鏡など、科学の最前線で活躍した人工衛星や宇宙探査機などがプラモデル化されています。戦車や飛行機、艦船の模型とは少し違い、戦うためではなく、「知るため」「調べるため」「宇宙へ進むため」に造られた機械を模型として楽しめるシリーズです。

私はこれまで、サイエンスワールドシリーズのキットを何度も買い、何度も組み立ててきました。同じキットを再び購入することもあります。普通なら、一度完成させれば十分と思われるかもしれません。しかし、宇宙機の模型は、不思議と繰り返し組みたくなるのです。

最初に組んだときは、全体の形を完成させるだけで精いっぱい。二度目には、アンテナや観測機器の形が気になり、三度目には、実機の写真や資料と見比べながら細部を確かめたくなります。塗装や仕上げ方を変えれば、同じキットでも印象は大きく変わります。

人工衛星や宇宙探査機の姿は、一見すると少し奇妙です。大きなパラボラアンテナ、左右に広がる太陽電池パネル、むき出しのように見える観測機器、複雑に組まれた骨組み。重力や空気抵抗から解放された、求められる機能を最大限発揮することを徹底的に追求した、ストイックな機能美があります。

しかし、その形にはすべて理由があります。遠い地球と通信するためのアンテナ、電力を生み出すための太陽電池パネル、星や惑星を観測するためのカメラやセンサー、機体の向きを保つための装置。模型の部品を一つひとつ取り付けながら、「これは何のために付いているのだろう」「なぜこの方向を向いているのだろう」と考える。それだけで、組み立ての時間が小さな宇宙探査に変わります。

私は、人工衛星や宇宙探査機が好きすぎて、かつて『宇宙と地球を視る人工衛星100』というカタログ本まで出版してしまいました。

残念ながらすでに絶版ですが、古書ならAmazonで買えます。
https://x.gd/68d3J

本を書くためには、膨大な数の宇宙機について資料を集め、その目的や構造、搭載機器、運用の歴史を一つひとつ調べなければなりません。それは大変な作業でしたが、宇宙機について、それまで以上に深く知る貴重な機会にもなりました。

調べていくうちに見えてきたのは、それぞれの宇宙機に込められた、異なる設計思想です。限られた重量や電力の中で、どの機能を優先するのか。厳しい温度変化や放射線から、どのように機器を守るのか。遠い惑星へ向かう機体と、地球を見守る衛星とでは、求められる形も性能もまったく違います。

アンテナや太陽電池パネル、観測機器の配置には、任務を確実に成し遂げるための技術者たちの判断が凝縮されています。宇宙機の姿は、単に格好よくデザインされたものではありません。「何を調べ、どこへ行き、何年間働くのか」という目的から導き出された、究極の機能美なのです。

膨大な宇宙機を資料として調べるほど、その一機一機に込められた知恵と工夫、そして設計思想に心を打たれました。本を書くことで宇宙機について深く知り、知れば知るほど魅力が増していく。そして、本を書き終えたころには、以前にも増して人工衛星や宇宙探査機が好きになっていました。

人工衛星と一口にいっても、その役割は実にさまざまです。宇宙のはるか彼方を観測するもの、地球の雲や海、森の変化を見守るもの、通信や測位を支えるもの、月や惑星、小惑星へ向かうものがあります。普段の暮らしの中で、その存在を意識する機会は多くありません。しかし、天気予報や衛星放送、災害の観測、地図や位置情報など、人工衛星は私たちの生活を静かに支えています。

宇宙機は、決して無機質な機械ではありません。その小さな機体には、研究者や技術者の知恵、何年にもわたる準備、数え切れない試験、失敗を乗り越えてきた歴史が詰まっています。そして何より、「まだ誰も知らないものを見たい」という、人類の好奇心が込められています。

地球を離れ、はるかな惑星を目指す探査機。毎日、私たちの頭上から雲の動きを見守る気象衛星。宇宙の暗闇に目を凝らし、遠い銀河の光を集める宇宙望遠鏡。地球から送り出されたこれらの機体は、私たちの「目」であり「耳」であり、ときには遠い天体に触れる「手」でもあります。

宇宙の面白さは、ただ遠く、広く、謎に満ちていることだけではありません。人間が限られた技術を集め、途方もない距離や過酷な環境に挑み、少しずつ未知を既知へ変えていく。その過程にこそ、胸が躍ります。

打ち上げられた探査機は、簡単に修理へ向かうことができません。ひとたび宇宙へ旅立てば、地上から送る電波と、機体自身に備えられた機能だけが頼りです。遠く離れるほど通信には時間がかかり、機器は強い放射線や激しい温度変化にも耐えなければなりません。それでも、多くの探査機が当初の予定を超えて働き続け、私たちが見たことのない景色を届けてきました。その健気な姿に、まるで長い旅を続ける冒険者のような魅力を感じます。

個人的には、現在絶版となっている、誇るべき日本の「無人宇宙貨物船HTV」が、いつか復活してくれるとうれしいです。国際宇宙ステーションへ物資を届けたHTVは、日本の宇宙開発を語るうえで欠かせない機体です。華々しく惑星を探査する宇宙船とは役割が違いますが、人が宇宙で活動するために必要な物資を確実に運ぶという、とても重要な仕事を担いました。あの機能美に満ちた姿を、ぜひもう一度模型として組み立てたいものです。

そして、宇宙機には、まだまだ模型化してほしい題材があります。太陽系の外へ向かう道を切り開いた「パイオニア」、月の起源と進化を詳しく調べた月周回衛星「かぐや」、日本初の火星探査を目指した「のぞみ」、長年にわたって日本の空を見守ってきた気象衛星「ひまわり」、公にされている情報が少ないからこそ想像が広がる偵察衛星、そして小惑星の試料を地球へ持ち帰った「はやぶさ」。名前を挙げていくだけでも、人類と日本の壮大な宇宙開発史が浮かび上がってきます。

成功した機体だけでなく、目標を完全には達成できなかった探査機にも物語があります。挑戦があったからこそ、次の計画に技術と経験が受け継がれました。模型として残すことは、完成した機械の形だけでなく、その挑戦の記憶を手元に置くことでもあると思います。

ハセガワ・サイエンスワールドシリーズが、これからさらに拡充されることを期待せずにはいられません。人工衛星や探査機は、戦車や航空機ほど模型化の機会が多くない分、新しいキットが発表されたときの喜びも格別です。日本の宇宙機だけでなく、世界各国の歴史的な探査機や、これから打ち上げられる新しい宇宙機も、ぜひ立体化してほしいと思っています。

七夕の夜、空を見上げても、人工衛星や探査機の細かな姿までは見えません。しかし今この瞬間にも、地球の周囲や月、惑星間空間、さらにその先で働き続けている機体があります。点のように輝く星の向こうを、人類が造った小さな機械が旅している。そう考えるだけで、いつもの夜空が少し違って見えてきます。

模型を机の上に置けば、その小さな姿を通して、何億キロ、何十億キロという旅や、果てしない星空を想像できます。プラモデルは実物よりはるかに小さいものですが、そこから広がる想像の世界には限界がありません。

人工衛星や宇宙探査機には、夢があります。

未知の世界を知りたいという夢。遠い星へ行ってみたいという夢。地球というかけがえのない惑星を、もっと深く理解したいという夢。その夢を形にしたものが、人工衛星や宇宙探査機なのだと思います。

ハセガワのサイエンスワールドシリーズを組みながら、今年の七夕は、いつもより少し遠い宇宙へ思いをはせてみませんか。

――まつり堂模型店店長おびお
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<link>https://matsurido.shop/blog/column/detail/20260804072300/</link>
<pubDate>Tue, 04 Aug 2026 07:33:00 +0900</pubDate>
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<item>
<title>利幅泥棒――Nゲージを狙う転売屋</title>
<description>
<![CDATA[

まつり堂模型店では、鉄道模型をできるだけお求めやすい価格で販売しています。

鉄道模型、とりわけNゲージの魅力は、編成を完成させて走らせることだけではありません。好きな時代や地域、思い出のある列車を少しずつ集め、車両コレクションが増えていくことも大きな醍醐味です。

だからこそ当店は、一つの車両やセットから大きな利益を得るよりも、一個当たりの価格を抑え、お客様に一両でも多くの車両をコレクションしていただきたいと考えています。ところが、その思いが転売屋に利用されることがあります。

「あけぼの」を完成させるための車両がない

直近の例が、2026年6月に発売されたTOMIX「JR24系特急寝台客車（あけぼの）セット」です。

「あけぼの」は、かつて上野と青森を結んだ寝台特急です。晩年には個室寝台車のほか、「ゴロンとシート」や「レディースゴロンとシート」なども連結され、車種の変化に富んだ編成で運転されていました。Nゲージとしても、編成を組んだ時の不揃いな窓配置がとても魅力的です。

TOMIXの基本セットは7両入り、税込23,760円。しかし、当時のフル編成を再現するには、基本セットだけでは車両が足りません。別売りの増結用単品を買い足す必要があります。その中でも極端な品不足となったのが、白帯の「オハネ24」と「オハネフ24」です。

公式価格は、オハネ24が税込2,640円、オハネフ24が税込3,080円。ところが発売直後、Amazonではオハネ24が9,000円を超える価格で出品されているのを見かけました。メーカー希望小売価格の3倍を超える値段です。

基本セットを買った鉄道模型ファンにとって、増結車両は単なる「追加商品」ではありません。思い描いた「あけぼの」の編成を完成させるために必要な一両です。基本セットに対して増結用単品の流通量が少なければ、当然、そこに需要が集中します。転売屋が狙うのは、まさにその弱点です。

「オハネ？なにそれ？」

当店にも、在庫を尋ねる電話がかかってきました。「オハネはありますか」「オハネフも残っていますか」話をしてみると、車両についてほとんど知らない様子です。「オハネ？何でしたっけ？」という程度の人が、品薄になったという情報だけを頼りに在庫を探している。欲しいのは寝台客車ではなく、定価と転売価格の間に生まれた差額なのでしょう。

鉄道模型への愛情も、「あけぼの」への思い入れもない。青い客車が夜の上越線や羽越本線を走った歴史にも興味はない。ただ、安く買って高く売れる物として探しているのです。

店頭でその一両を手に取るはずだった鉄道模型ファンは買えなくなり、どうしても編成を完成させたい人は、不当に高い価格を支払わされます。腹を立てずにはいられません。

転売屋は「利幅泥棒」である

当店が価格を下げるのは、転売屋に利益を与えるためではありません。小売店が利益を削って生み出した値引きは、本来、お客様が次の一両を買うための余裕になるはずです。それを横から吸い取り、自分の利益に付け替える。私は、こうした行為を「利幅泥棒」と呼びたいと思います。転売屋は泥棒なんです。

転売屋は、市場価格を決める立派な商売人などではありません。メーカーが製品を企画し、工場が生産し、問屋が運び、小売店が在庫を抱えて販売する。その誰もが時間と費用と責任を負っています。

転売屋は、その流れの最後に現れ、品薄商品だけを買い占めます。市場を育てるのではなく、すでに育った市場から利益だけを吸い取る。たとえるなら、鉄道模型業界の血を吸う「蚊」のような存在です。

車両は、走らせる人の手へ

Nゲージの一両は、単なる小さな箱ではありません。ある人にとっては、子どもの頃に駅で見送った夜行列車かもしれません。ある人にとっては、父親と乗った思い出の列車かもしれない。そして、何年も待ち続けて、ようやく模型化された大切な車両かもしれません。

まつり堂模型店は、鉄道模型を愛する人に、できるだけ多くの車両を集めてほしい。そのために価格を下げています。安く仕入れるために店に電話をかけまくり、品薄になった途端に高値で売る人のためではありません。

車両は、転売屋の段ボール箱の中ではなく、鉄道模型ファンのレイアウトの上を走ってほしい。それが、鉄道模型を扱う店長としての、偽らざる思いです。


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<link>https://matsurido.shop/blog/column/detail/20260718083559/</link>
<pubDate>Sat, 18 Jul 2026 08:46:00 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>子どものしつけは、模型店の仕事なのでしょうか</title>
<description>
<![CDATA[
先日、とある女性が少し怒った様子でご来店されました。
手には、どこか見覚えのあるNゲージのスターターセット。

お話を伺うと、息子さんが家のお金を勝手に持ち出し、そのお金で当店のNゲージセットを購入したとのことでした。

そして、
「この店は、小学生にもこんな高価なものを売るのですか」
とおっしゃいました。

私は、
「お金をお持ちであれば、小学生にも商品は販売しております」
とお答えしました。

すると今度は、
「うちの子が来ても、ものを売らないようにしてください」
とのこと。
要するに「うちの子だけ出入り禁止にしてほしい」というご要望です。

実際、悪質な迷惑行為を繰り返す方を出入り禁止にしたことはありますから、「出入り禁止」という仕組み自体は不可能ではありません。
しかし、問題はそこではありません。

私は毎日たくさんのお客様と接しています。
当然、お客様全員の顔やご家庭の事情を把握しているわけではありません。
小学生のお客様も大勢ご来店されますし、1万円前後もする、大スケールの軍艦キットを何度も買ってくださる小学生も複数おられます。

「この子には売る」「この子には売らない」という判断を、レジで正確に行うことなど現実には不可能です。

もし別の小学生を見間違えてしまったらどうでしょう。
「君には売れません」
人違いでそんなことを言われた子どもは、理由も分からず深く傷つくでしょう。

だから私は、
「お客様お一人お一人を特定・識別して、販売の可否を判断することはできません」
と、そのままお伝えしました。

残念ながら、その女性は憤慨してお帰りになりました。

もちろん、親御さんのお気持ちは理解できます。
せっかく家計のために置いていたお金を持ち出され、高価なおもちゃを買われてしまえば腹も立つでしょう。

しかし、それは家庭の中で解決すべき問題ではないでしょうか。

家のお金を勝手に持ち出してはいけないこと、お金は働いて得るものだということ、自分で自由に使ってよいお金と、そうでないお金の違いを教えること。
これは家庭でしか教えられないことです。

模型店は、お客様に商品を販売する場所です。
警察でも、学校でも、家庭教師でもありません。
家庭のしつけまで模型店が肩代わりすることはできませんし、すべきでもありません。

私は、子どもたちに模型という素晴らしい趣味を楽しんでもらいたいと思っています。
だからこそ、正しいお金の使い方も、模型を楽しむための大切なルールの一つとして、ご家庭で教えていただければと思います。

子どもを育てる責任は親にあります。
模型店にできることには限界があります。
その境界線を、お互いに理解し合える社会であってほしいと願っています。
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<link>https://matsurido.shop/blog/column/detail/20260706135444/</link>
<pubDate>Mon, 06 Jul 2026 14:03:00 +0900</pubDate>
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<item>
<title>百貨店の灯を、専門店へ。</title>
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<![CDATA[

こないだ、メイドねろこさんといっしょに、下関大丸に行きました。レストランフロアになにやらおいしそうなトンカツの店があるらしい、ということで定休日に足を運んだのです。1階は煌々とした照明のもとで化粧品が売られています。2階と3階には有名ブランドの服が並んでいます。

正直、「え？下関でもブランドものってまだ買えるのね、さすがは大丸」と思いました。が、それは大丸の精一杯の最後の輝きだったことがすぐにわかりました。5階。私の知っている5階は呉服や高級宝石、高級腕時計が売られていたフロアですが・・・ほぼ廃墟。6階、立ち入ることさえできません。7階のレストランフロア。店が2軒営業しているだけ。8階へ上るエレベーターはすでにどこにあったのかさえ分からず・・・。

・・・建物の上半分が営業してないやん

その数週間後の昨日（2026年6月30日）、下関大丸が、来年八月末で閉店するSNSの記事をメイドねろこさんが教えてくれました。この知らせを聞いたとき、今の大丸を訪問直後だったこともあり、「ついにきたか」と妙な納得感がありました。もちろん、言葉にできない寂しさを覚えたことも間違いありません。

下関大丸の閉店は「一つのお店がなくなる」というだけではありません。私にとって下関大丸は、「下関」という街そのものを象徴する存在だったように感じていたからです。

私は昭和40年生まれです。子どもの頃の下関は、今では想像できないほど活気に満ちていました。港には大型漁船が並び、漁業は街を支える大産業でした。駅前や商店街には多くの人が行き交い、夜の漁港近くの繁華街（まるは通り）はピンク色でした

下関は山口県の中心都市として、確かな存在感を放っていました。その時代を象徴する建物が、下関大丸でした。子どもの頃、親に「今日は大丸（シーモールができるまえの旧店舗）へ行くよ」と言われることは、私にとって最高のご褒美でした。真っ先に向かったのは6階（だったかなぁ）のおもちゃ売り場です。プラモデル、切手、コイン、おもちゃ……。まだテレビゲームの無い時代、そこは、私にとって宝の山でした。

ショーケースを何度も眺め、「見返り美人（有名な切手）はいつか欲しいなぁ」と夢を膨らませる時間は、何にも代えられない幸せでした。そして買い物のあとは七階の大食堂。お子様ランチとクリームソーダ。今では決して珍しいものではありませんが（いや、むしろ一周回って今は珍しいか？）、あの頃の私には人生最高のごちそうでした。

きっと私と同じ思い出を持つ方が、この街にはたくさんいらっしゃることでしょう。百貨店とは単なる商業施設ではないのです。百貨店は、街の文化そのものなのえす。お祝いの品を選び、お中元やお歳暮を贈り、「古代ミイラ展」とか「全国うまいもの市」とかいう催事を楽しみ、家族で食事をする。そこには、人と人との時間があり、街の記憶が積み重なっていました。

そして地方都市にとって百貨店は、「この街は地域の中心都市なんだ」という誇りでもありました。「下関には大丸がある。」その言葉には、どこか誇らしい響きがありました。今でもそれは変わっていません。下関にＵターンして店を始めるまで、東京で働いていましたが、東京駅には駅直結の大丸があります。「いや、うちの街にも大丸あるし、東京とどうかくやん」とか、誇らしく思っていました。で、東京で百貨店で買い物と言えば、かならず東京駅の大丸でした。

・・・まぁ、「大丸って、なんか田舎っぽいイメーあるよね」と思っていたのも事実ですが

もちろん時代は変わりました。漁業は縮小し、人口は減り、若者は大都市へ向かいます。（今では信じられないと思いますが、かつて、北九州の人は下関に買い物に来ていたのです。）さらには、郊外型ショッピングセンターやインターネット通販が普及し、百貨店を取り巻く環境が厳しくなったことは理解できます。

しかし、それでも私は考えてしまうのです。なぜ、下関から百貨店がなくならなければならなかったのか。この問いは、一企業の経営についてではありません。「なぜ下関は、都市の象徴を失うところまで来てしまったのか。」下関が好きな私だからこその問いなのです。

私は、下関大丸が営業を続けているだけで安心していました。駅前へ行き、大丸の建物を見るたびに、「まだ下関には、あの頃から続くものがある」と感じられたからです。だから今回失われるのは、建物だけではありません。昭和の活気ある下関と、今の下関を結び付けてくれていた、大切な一本の糸なのだと思います。

私は今、まつり堂模型店を営んでいます。正直に言えば、ネット通販全盛の時代に模型店を始めるのは、頭がおかしいです普通に考えたら、令和の時代に模型専門店を新しく始めるなんて無謀です。でも、人生って損得だけで決めるものじゃないんですよね。それに、下関大丸での原体験が私をこんなふうに育てた、育てられた、と思うからです。

模型は一人の時間を豊かに過ごすことができる趣味である一方で、逆説的ではありますが、人と人をつなぐ文化だとも思っています。だから、まつり堂模型店は、商品を並べるだけの店にはしたくありません。模型を通して夢が生まれ、人との会話が生まれ、「また来たい」と思っていただける店でありたいのです。

子どもの頃の私は、下関大丸六階のおもちゃ売り場で夢を見ました。もしかすると今、まつり堂模型店でショーケースを見つめている子どもたちも、同じような気持ちでいるのかもしれません。その子が五十年後に、「子どもの頃、親に連れて行ってもらった模型店は宝の山だった。」そう語ってくれたなら、それほど嬉しいことはありません。

下関大丸ほど大きな役割を、私たち一軒の模型店が担うことはできません。しかし、一人の子どもに夢を与えることならできるかもしれません。模型の楽しさを伝え、ものづくりの文化を次の世代へつなぐことならできるかもしれません。私は、それが地域の専門店の役割だと思っています。

百貨店が街を豊かにした時代がありました。これからは、一軒一軒の専門店が、それぞれの個性で街を面白くしていく時代なのかもしれません。だから私は、まつり堂模型店を、下関を代表する模型店に育てたいと思っています。
「模型のことなら、あそこへ行こう。」
「県外からでも行く価値がある。」
「親子で楽しめる店がある。」
そう言っていただける店を、本気で目指したいのです。

私は下関をあきらめていません。

下関大丸は、まもなくその長い歴史に幕を下ろすのでしょう。しかし、あの六階のおもちゃ売り場で夢を見た子どもたちの記憶は、決して消えません。私も、その一人です。あの日、親に手を引かれて大丸へ通った少年は、50年後、この街で模型店を始めました。
人生って、不思議なものですね。

だから今度は、私が夢を次の世代へ渡す番です。「子どもの頃、親に連れて行ってもらった、まつり堂模型店は宝の山だった。」五十年後、誰かがそう語ってくれたら、それだけで模型店を始めた価値があります。
下関大丸から受け取った夢のバトンを、今度は私が次の世代へつないでいく。それが、この街で模型店を営む私にできる、下関への恩返しであり、下関大丸への感謝の形だと信じています。

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<link>https://matsurido.shop/blog/column/detail/20260701181459/</link>
<pubDate>Wed, 01 Jul 2026 18:59:00 +0900</pubDate>
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<title>子どもの未来は、親の振る舞いで決まるのか？</title>
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先日、Xで興味深い投稿を見かけました。

同じクラスに二人の不登校の子どもがいたそうです。投稿者は片方の子どもの親御さんのようでした。その親御さんは子どもが「かわいそうだから」と学校へ行かせなかったところ、そのまま自宅に引きこもるようになってしまったとのことでした。

一方で、もう一人の不登校児童の親御さんは、子どもがが泣こうがわめこうが学校へ連れて行ったのだそうです。その結果、今では普通に登校し、友達もできて、成績も良い。投稿した方は、「自分の子育ては間違っていたのだろうか」と悩んでいました。

もちろん、子どもの性格や将来は、そんな単純な話ではありません。同じ親に育てられても兄弟で性格は違いますし、友人関係や学校環境、生まれ持った気質も大きく影響します。しかし一方で、親の振る舞いが子どもに大きな影響を与えることもまた事実でしょう。

模型屋をやっていると、さまざまな親子を見かけます。

親子で店の前を通りかかり、子どもが興味を示したら一緒に店へ入ってくる親御さん。その多くの親御さんは、なんだか、おっかなびっくり入ってこられます
逆に親御さんの方から、「ちょっと見てみる？」と子どもを誘ってくれる親御さん。
その一方で、子どもが店に興味を持ちそうになると、目を合わせないようにしながら手を引っ張って急いで通り過ぎる親御さんもいます。

もちろん、それぞれ事情があるのでしょう。時間がない日もあるでしょうし、家計の都合もあります。だから私は、その場面だけを見て親御さんを批判するつもりはありません。

ただ、ひとつだけ確信していることがあります。
子どもは、興味を持ったものに触れることで成長するということです。

私自身の子ども時代を振り返ると、決して厳しい親ではありませんでした。興味を持ったものを否定されることはなく・・・あ、小学生の時、俳優になるためにスクールに行きたいと言った時だけは全力で否定されたかも・・・でも、欲しいと言ったものは買ってもらえました。今思えば、ずいぶん甘い親だったと思います。

しかし、そのおかげで模型や機械、乗り物や歴史など、さまざまなものに興味を持つことができました。その積み重ねが、今こうして模型店を営む人生につながっています。結果として、絶対評価でそれが良かったかどうかは疑問ですが、今の私の感情としては、とても心豊かに過ごすことができています。

子どもにとって大切なのは、模型を作ることでも、勉強をすることでもありません。何かに興味を持ち、自分から手を伸ばすことです。そして、親がその芽を摘まずに育てることです。

将来、子どもの興味が何の役に立つのかは分かりません。模型好きだからと言って、プロのモデラーになる子はほとんどいないでしょう。しかし、何かを好きになった経験、夢中になった経験は、必ず人生のどこかで力になります。

昔も今も、そして未来も。さまざまなものに興味を持ち、挑戦した子どもほど、心豊かに育つ。私はそう信じています。だからこそ、大人は子どもの興味を否定するのではなく、「面白そうだね」と背中を押してあげたいものです。その一言が、子どもの未来を大きく変えるかもしれないのですから。


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<link>https://matsurido.shop/blog/column/detail/20260618071938/</link>
<pubDate>Thu, 18 Jun 2026 07:33:00 +0900</pubDate>
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<title>毎日500円安くなるガンプラをやって思ったこと</title>
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先日、まつり堂模型店では「毎日500円安くなるガンプラ」という企画を行いました。
商品は、赤バンダイ時代の『MGRX-93-ν2Hi-νガンダム』です。

5月20日に16,000円という、あえて少し高めの価格からスタートし、営業日ごとに500円ずつ値下げを続けました。そして6月3日、10,000円でお買い求めいただき、企画は終了となりました。

企画期間中は、店頭だけでなくネットやXでも多くの方に注目していただき、
「今日はまだ残っている」
「そろそろ誰か買うのでは」
「自分ならいくらで買う」
といった話題で盛り上がっていただけました。
参加してくださった皆様、本当にありがとうございました。

この企画を終えて感じたのは、これは単なる値下げ販売ではなかったということです。実はこの企画、商品の価格を店が決めるのではなく、お客様に決めていただく企画だったのです。

誰かが買った瞬間、その価格が「この商品の価値」として確定します。早く買えば高いかもしれない。しかし待てば誰かに先を越されるかもしれない。Xではこれを「チキンレース」と呼ぶ方もおられましたが、まさにその通りだったと思います。

そして最終的に10,000円で決着しました。ところが、この結果に対する反応が実に面白かったのです。

Xでは
「10,000円なら高い」
「近所の店ではそれより数割安く売っている」
「古いキットにそんな価値はない」
という意見もありましたし、

一方では、
「いや、それは安い」
「まつり堂が近所にあったら、もっと早く自分が買ってたと思う」
「妥当な価格で終わったと思う」
という意見もありました。同じ価格なのに評価が真っ二つに分かれたのです。
これは現在のガンプラ市場をよく表しているように思います。

ガンプラはここ数年、品薄や再販待ちが続きました。そのため、「定価より高くても今すぐ欲しい」という人もいれば、「早朝ダッシュをすれば再販を定価で買える」と考える人もいます。市場でも、ガンプラを取り巻く人々の行動は両極端なのです。このことは、今回の企画が、巨大なガンプラ市場の縮図として十分評価しうるものだったことを示していると思います。

さらに、今回の商品が「赤バンダイ」時代の商品だったというのも、意外とポイントです。
赤バンダイ時代のキットという希少性を重視する人もいれば、「組むためのプラモデルなのだから古い箱に価値は感じない」という人もいます。

つまり、人によって価値の基準が大きく違うのです。だからこそ、「高い」と「安い」の両方の意見が生まれたのでしょう。

また、企画中には「これゼロ円になるの？」「マイナスになったらどうなるの？」というコメントもいただきました。「そんなバカなことあるわけないだろ」と一笑に付すのは簡単ですが、ここも消費者の行動の観点からは興味深いところです。

もちろん現実的には、その前に誰かが購入する可能性が非常に高いのですが・・・
仮に、この商品が欲しい人たちが「500円になるまで待とう、絶対に誰も買うなよ」
と「談合」したとしても、裏切って抜け駆けする人は出ます。絶対に。

人は極端な結末を想像するのが好きな生き物だと思います。
テレビのクイズ番組でも、オークションでも、最後まで見たくなるのは「どこまで行くのだろう」という好奇心があるからです。理屈ではあり得ないと思っていても、万が一があるかもしれない。その「もしかしたら」が人を惹きつけます。

実際には商品よりも、その先にある物語を多くの方は見ていたのかもしれません。

私、店長おびおは今回、この企画を通じて価格というものの不思議さを改めて感じました。

商品の価値は店が決めるものでも、メーカーが決めるものでもありません。最終的には「その値段なら欲しい」と思った人が現れた瞬間に決まります。株価も、不動産価格も、美術品の価格も、本質的には同じです。

そしてその価格は、商品の性能だけではなく、希少性やタイミング、感情、期待、そして他人の行動予測まで含めて決まります。

今回の「毎日500円安くなるガンプラ」は、一見すると単純な値下げ企画です。
しかし実際には、多くの人が市場参加者となり、お互いの行動を予想しながら価格を決めていく、小さな市場実験だったようにも思います。

だからこそ、これほど多くの方が関心を持ち、見守ってくださったのでしょう。

私自身、とても興味深い体験になりました。
また面白い企画を思いついたら挑戦してみたいと思います。その時はぜひ、皆様もこの不思議な「価格決定ゲーム」に参加してみてくださいね。ご参加お待ちしています。
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<link>https://matsurido.shop/blog/column/detail/20260604062525/</link>
<pubDate>Thu, 04 Jun 2026 06:45:00 +0900</pubDate>
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<title>猫は猫耳にどうして反応するのか</title>
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まつり堂模型店の社長は猫です。
名前は「くろろ」です。全身はもちろん、肉球まで黒いので「くろろ」です。
朝と夕方と閉店間際、一日三回、店にのそのそとやってきます。

ある日。いつもは頭にヘッドドレスをつけているモデラーメイドのねろこさんが、ふと思いついて「猫耳カチューシャ」を装着して接客をしていました。そこへ、いつものようにのそのそ現れたくろろ社長。

「ハッ！！」とメイドねろこさんの異変に気付き、その瞬間でした。くろろ社長の目が、信じられないほど真ん丸に見開かれたのです。しかも明らかに様子がおかしい。腰を低く落とし、完全に警戒モード。視線は、ねろこさんの“猫耳”に釘付け。

「えっ、お前誰！？」

……たぶん、猫語に翻訳するとそんな感じだったと思います。

人間から見ると、「カチューシャを付けただけ」です。しかし猫にとっては、そう単純ではありません。

昔取った杵柄、サイエンスコミュニケーターの経験を活かして調べてみましたところ、実は猫は、人間の顔を“細かく認識している”というより、「全体のシルエット」や「いつもの特徴」で相手を判断しているらしいのです。

つまり、「いつもの人間の頭の形」が突然変化すると、猫の脳内ではかなりの異常事態になるのです。

しかも猫の耳というのは、猫同士のコミュニケーションで非常に重要な部位のようです。耳の向き、角度、大きさは、「敵意」「警戒」「親愛」など多くの情報を表現します。つまり、猫から見ると“頭の上に猫耳が増えている人間”は、かなり意味不明な存在なのです。

さらに猫は「動物らしい輪郭」に非常に敏感です。これは野生時代の名残で、耳の形や頭部シルエットは、生き残るための重要情報だったからです。

人間側は「かわいい～！」で済ませていますが、猫側からすると、
「人間なのか？」
「猫なのか？」
「敵なのか？」
「新種なのか？」
「メイドに耳生えた！？！？！」

……脳内が軽くパニックになっている可能性があります。

特にくろろ社長は、普段からねろこさんを「いつもの安全な人間」として認識していたのでしょう。だからこそ、“頭の形だけ急に猫化した”ことに強烈な違和感を覚えたのだと思います。

猫は意外と、「見た目の違い」に敏感です。もし皆さんも猫耳カチューシャを付けて猫に会うときは、突然現れず、まず名乗ってあげたほうがいいかもしれません。少なくとも、くろろ社長にはかなりの衝撃を与えるようです。
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<link>https://matsurido.shop/blog/column/detail/20260525074613/</link>
<pubDate>Mon, 25 May 2026 07:58:00 +0900</pubDate>
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